2018年10月16日

聖日礼拝 『ルカの福音書』 より 89


ルカの福音書20章9節〜19節

先週は、都入りされた ※ 「イエスを殺そうと狙っていた」宗教家たち( 19章47節 )の慌てふためく姿とは極めて対照的な主のお姿に注目しながら、私たちの生き方に光を頂いた。
20章2節の彼らの質問に対する主の答えが、3、4節だったことから、彼らは ※ 5〜7節 「もし・・・と言えば、・・・もし・・・と言えば」と、自分たちが不利な事態に陥らないようにとの必死さだけで最終的には「知りません」と、無難な答えを。
彼らのその頑( かたく )なな罪の性質は、益々硬直状態になり、語る言葉に誠実さを欠き、いつでも保身の立場を常とすることに。
彼らの「知らない」に、主は ※ 8節 「わたしも、何の権威によってこれらのことをするのか・・・言いません」だった。
主をしてこのような出方をさせたのは、ヤコブ 3章13〜18節にある ※ 17節 「上からの知恵は、まず第一に清いものです。それから、平和で、優しく、協調性があり、あわれみと良い実に満ち、偏見がなく、偽善もありません」に他ならない。
( 以下、同じくヤコブ 3章より )13節 別訳 「あなたがたのうちで、誰が知恵のある、或いは賢い人ですか。知恵から来る謙遜を伴った彼の正しい行いを、そのことの実際の証拠となるようにしなさい」である。
この「上からの知恵」に対照的な知恵は、15節 「地上のもの、肉的で悪魔的なものです」とあり、正に、主に対抗する宗教家たちの知恵で、14節 「苦々しいねたみや利己的な思いがあるなら、自慢したり、真理に逆らって偽ったりするのはやめなさい」と言われる 《 地上の知恵 》 なのだ。

※ お互いの行動も、「上よりの知恵」によるのか、「地上の知恵」によるものなのか、悉( ことごと )く吟味されながらの日々を !! と。


今朝は、主が、宮で話しておられたところに言い掛かりをつけて来た祭司長たちに知恵をもって対応された後、彼らの頑( かたく )なさを意識されて、20章9節から 《 ぶどう園の主人が悪い農夫を扱われた 》 話をされた場面に注目したい。
このたとえ話に出て来る「ある人」とは、父なる神であり、「ぶどう園」は、イスラエル民族のことである。この「ぶどう園」の管理と栽培、収穫の全てを任せられた「農夫」が、19節 「自分たちを指して語られたことに気づいた」とある「律法学者たちと祭司長たち」である。
10節 「収穫の時」を迎えたある節目に遣わされた「一人のしもべ」、11節 「別のしもべ」、12節 「三人目のしもべ」とは、旧約時代を通して派遣された預言者たちのことで、皆殉教死した人々である。
遂に、13節 「そうだ、私の愛する息子を」とは、言うまでもなく 《 独り子の主 》 である。但し、「この子なら、きっと敬ってくれるだろう」とあるが、御子を派遣された聖父が、御子を「敬ってくれるだろう」と思っておられた訳ではない。イザヤ書 53章 「彼は蔑( さげす )まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背( そむ )けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。・・・彼は痛めつけられ、苦しんだ・・・」と、遂には十字架の死をもって扱われることを知られての派遣。
従ってこのことは、ルカ 13章34節 「わたしは何度、めんどりがひなを翼の下に集めるように、おまえの子らを集めようとしたことか。それなのに・・・それを望まなかった」に表された、希望される神の御心を意味しているのだ。
このたとえ話をされた 《 主の御思い 》 は、「律法学者たちと祭司長たち」に対する愛以外のなにものでもない。
彼らの殺意【19章47節 「イエスを殺そうと狙っていた」、20章19節 「イエスに手をかけて捕らえようとした」、20節 「機会を狙っていた」】を知っておられてのこと。
その上で話された主の彼らへの愛は、魂への重荷に他ならないが、どのような形に表されるのだろうか ?

@ 深刻な罪のあからさまな指摘に。

「農夫」である宗教指導者たちは、事実、過去のどの時代にあっても、神が送り続ける預言者たちに反抗し続け、挙句の果てには殺害するのが常であったということ。
使徒の働き 7章51、52節 「・・・あなたがたの先祖たちが迫害しなかった預言者が、だれかいたでしょうか・・・」とは殉教者ステパノの説教であるが、ここでもしっかり扱われている。
( ルカの20章に戻って )10節 「そのしもべを打ちたたき、何も持たせないで帰らせた」、11節 「打ちたたき、辱めたうえで、何も持たせないで帰らせた」、12節 「傷を負わせて追い出した」、遂には、14、15節 「外に放り出して、殺してしまった」と。小作料として当然納めるべき物を拒み、逆に手荒な扱いである。
実は、15節 「こうなったら、ぶどう園の主人は彼らをどうするでしょうか」と尋ねたのは主ご自身で、16節 「主人はやって来て農夫たちを殺し・・・」と言われたのも主なのであるが、マタイの21章41節では「彼らはイエスに言った」と、指導者たちの答えとして出て来る。
何ということ !! 主は彼らのその答えを聞かれて、ルカ 20章17節 「家を建てる者たちが捨てた石」をご自身に宛がって、彼らのご自身への扱いに触れられた。指導者たちは、「農夫」の仕業は 《 裁きに価する行為だ 》 とすることによって、自らを罪ありと認めざるを得なくされている。

A とは言え、裁きが忍耐の末に執行されることに。

主は、18節 「だれでもこの石の上に落ちれば、粉々に砕かれ、またこの石が人の上に落ちれば、その人を押しつぶします」とご自身への反抗は、あなた方を破壊に導くと明言された。
しかしこの容赦なくなされる裁きにも、何という神の寛容をもってのことであるかとの示唆がある !! 一度、二度、三度との派遣には、見過ごしの期間があってのこと。主人がやって来て「農夫たち」に下された鉄槌は、息子を殺害した時にであって、それまでの期間は見過ごしだったとは !!
ローマ人への手紙 3章23〜26節 「・・・神は忍耐をもって、これまで犯されてきた罪を見逃してこられたのです。・・・今この時に、ご自分の義を明らかにされたのです」と。
残念ながら、彼らは【自らの罪を罪と認めつつも】砕かれて出ようとせず、主を殺害することによって、自らの罪責感から逃れようと躍起になっていく。

※ 愛は、魂に対して責任ある態度を取らせるもの。それを見た私たちは果たして、本当に隣人を愛しているだろうか ? が探られる。責任ある関わりを常とする者でありたい !!

posted by luckyfachan at 20:37| Comment(0) | ルカの福音書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月12日

聖日礼拝 『ルカの福音書』 より 88


ルカの福音書19章47節〜20章8節

先週は、主が、救い主としてのエルサレム入京を明白にされて後、最初に手掛けられた 《 宮清め 》 の意義を学んだ。

@ 主のかねてからの重荷の証を意味する。
主による 《 宮清め 》 は先ず、公的生涯の初めで行われた( ヨハネ 2章13〜16節 )ので、二度目のこと。主が神殿の出入りを許された十二歳から、神殿の腐敗した状態に憂いておられたことの反映であり、生涯最後の受難週に入られるや、直ちに手掛けられたのが 《 宮清め 》 だったことでも然り。

A 主の聖父への愛の証を意味する。
ヨハネ 2章17節 「弟子たちは、『 あなたの家を思う熱心が私を食い尽くす 』 と書いてあるのを思い起こした」とある。
それは、ルカ 19章46節 「彼らに言われた。『 わたしの家は祈りの家でなければならない 』 と書いてある。それなのに、おまえたちはそれを 『 強盗の巣 』 にした。」という 《 聖父への冒涜を痛むという愛 》 であり、愛を形に現された。
神殿が聖別されておらず、世俗的に利用されていたから。
表向きは礼拝者の便宜を図ってのこと。礼拝に捧げる捧げ物は皆、無傷でなければならなかったことから、長旅でのリスクから解かれるというので利用していた純粋な礼拝者のその気持ちに乗じて、相当の利益を得ていた。ユダヤ人成人男子が一年毎に宮に納める半シェケルについても、通常通貨( ギリシア、ローマ貨幣 )をフェニキア硬貨に替える必要がある為、両替手数料15%を取る始末。

※ お互い、自分の為になら何か言うことがあっても、主の御名の為に、 《 重荷と愛 》 の故にという在り方は如何に !! と。


今朝は、都入りされた ※ 「イエスを殺そうと狙っていた」宗教家たち( 19章47節 )の慌てふためく姿とは極めて対照的な主のお姿に注目しながら、私たちの生き方に光を頂きたい。
20章全体は、宮清めの翌日に当たる火曜日でのこと。
主が、この殺意を露わに質問攻めで楯突いて来るユダヤ人指導者たちを相手に、権威をもって対応された記事である。
質問に対する主のお応えは、彼らの主への殺意を募らせることに。20章19節には「律法学者たちと祭司長たちは、このたとえ話が自分たちを指して語られたことに気づいた。それでそのとき、イエスに手をかけて捕らえようとしたが、民を恐れた」とあり、20節では「機会を狙っていた彼らは、義人を装った回し者を遣わした。イエスのことばじりをとらえて、総督の支配と権威に引き渡すためであった」とある。
最終的には、39、40節 「律法学者たちの何人かが、『 先生、立派なお答えです 』 と答えた。彼らはそれ以上、何もあえて質問しようとはしなかった」と 《 主への完全降参状態、太刀打ち出来ず 》 主の権威を認めざるを得なくされているのだ。

こうしたやり取りの初めに持って来られた ※ 20章2節 「イエスに言った。『 何の権威によって、これらのことをしているのか、あなたにその権威を授けたのはだれなのか、教えてくれませんか。 』 」という質問に注目したい。彼らの質問に対する主の答えは、3、4節 「わたしも一言尋ねましょう。それに答えなさい。ヨハネのバプテスマは、天から来たのですか、それとも人から出たのですか。」だった。
主が出された質問に、彼らは戸惑った。
5〜7節 「すると、彼らは論じ合った。『 もし天からと言えば、どうしてヨハネを信じなかったのかと言うだろう。だが、もし人からと言えば、民はみな私たちを石で打ち殺すだろう。ヨハネは預言者だと確信しているのだから。 』 そこで、『 どこから来たのか知りません 』 と答えた」と、主からの思い掛けない質問に面食らった彼らは、何と惨めな有様だろうか !!
突き付けられた問いの前に、正直に答えられないのだ。
彼らは「もし・・・と言えば、・・・もし・・・と言えば」と、自分たちがとんでもない不利な事態に陥らないようにとの必死さだけで最終的には「知りません」と、無難な答えだった。
「もし」ヨハネの権威を天からのものだと言えば、何故 ? 悔い改めなかったのか ? と咎( とが )められ、「もし」唯の説教者に過ぎないと言えば、彼を尊敬する民たちから殺害されると !!
彼らの姿勢は、目の前に差し出された問題の前に、真剣に向き合おうとしない。静かに自分自身を探られようとはしない。
19節 「自分たちを指して語られたことに気づいた」とあるにも拘らず、光を避け続けるのが彼ら。
知らされた内的事実に蓋をして見ようとしない為、彼らの頑( かたく )なな罪の性質は、益々硬直状態になり、語る言葉に誠実さを欠き、いつでも保身の立場を常とすることになって行く。
その究極の恐ろしさは、宗教家で神を恐れると公言する者の現実がこの有様だというところにある。彼らの「知らない」に、主は ※ 8節 「わたしも、何の権威によってこれらのことをするのか・・・言いません。」だった。

宗教指導者の恐れは、主のこうした知恵ある対応にある。
彼らの期待は、2節 「何の権威によって・・・その権威を授けたのはだれなのか」に対する明確な答えだったが、不意を打つ答えしか返って来なかった。しかし主のこうした出方こそ賢明な返答だった。あえて答えるべきではない。何故なら主はこれまでずっと語り、その証をして来られたのだから。彼らは主を冒涜の罪で捕らえようとの罠を仕掛けて質問して来たに過ぎないのだから。
私たちの行動に、この見極めがあるのだろうか ?
主をしてこのような出方をさせたのは、ヤコブの手紙 3章13〜18節にある ※ 17節 上からの知恵は、まず第一に清いものです。それから、平和で、優しく、協調性があり、あわれみと良い実に満ち、偏見がなく、偽善もありません」に他ならない。( 以下、同じくヤコブの手紙より )
3章13節 別訳 「あなたがたのうちで、誰が知恵のある、或いは賢い人ですか。知恵から来る謙遜を伴った彼の正しい行いを、そのことの実際の証拠となるようにしなさい」である。
この「上からの知恵」に対照的な知恵は、15節 「地上のもの、肉的で悪魔的なものです」とあり、正に、主に対抗する宗教家たちの知恵なのだ。
実に、14節 「苦々しいねたみや利己的な思いがあるなら、自慢したり、真理に逆らって偽ったりするのはやめなさい」と言われなければならない 《 地上の知恵 》 なのだ。

※ お互いの行動も、「上よりの知恵」によるのか、「地上の知恵」によるものなのか、悉( ことごと )く吟味されながらの日々を !!

posted by luckyfachan at 19:17| Comment(0) | ルカの福音書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月08日

聖日礼拝 『ルカの福音書』 より 87


ルカの福音書19章45、46節

先週は、半年間に及ぶエルサレム行きの旅に終わりを告げ、遂に十字架刑に臨まれる受難週の始まりの日に入った。
主の入京は、39節 「するとパリサイ人のうちの何人かが、群衆の中からイエスに向かって、『 先生、あなたの弟子たちを叱ってください 』 と言」わせる程の爆発的熱狂振りだったが、主はこの入京に際してだけは、ご自身のメシアであるとの立場を明確になさりつつ、毅然とした態度( ※40節 )で、彼らのことばを退けられ、エルサレムを思う思いで胸を熱くしておられるお姿が印象的な場面に注目した。

@ 41節 「この都のために泣」かれる主。
この 《 泣いた 》 は強い動詞で、号泣とすすり泣きだと学んでいるが、背後から聞こえる人々の歓喜の声も “ 十字架につけろ ” の声に間もなく変わると知りつつ、それが熱狂的であればある程、その無知に苦しまれての涙なのだ。

A 主の号泣は、頑( かたく )なな彼らの結末を思っての涙。
42節 「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら―。しかし今、それはおまえの目から隠されている」、44節 「神の訪れの時を、おまえが知らなかった」とは、彼らが「平和【コリント第二 5章17〜19節】に向かう道」を聞いていなかった訳ではない、唯、平和への和解のことばを退けたことによる。ルカの13章34、35、にも主の嘆きが吐露されているが、最後の最後の機会をも頑なに退ける者への嘆き !!
19章43、44、は、自らの罪を悔い改めなかった彼らの末路の予告であり、A.D.70年に現実となったと歴史は伝えている。

※ 今も「平和への道」を拒絶する全人類への涙と覚えたいと。


今朝は主が、救い主としてエルサレムへの入京を明白にされて後、最初に手掛けられた 《 宮清め 》 の意義を学びたい。

@ 主のかねてからの重荷の証を意味する。

主による 《 宮清め 》 は先ず、公的生涯の初めで行っておられたと伝えている記事がある。
ヨハネの福音書 2章13〜16節 「さて、ユダヤ人の過越の祭りが近づき、イエスはエルサレムに上られた。そして、宮の中で、牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを見て、細縄でむちを作って、羊も牛もみな宮から追い出し、両替人の金を散らして、その台を倒し、鳩を売ている者たちに言われた。『 それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家にしてはならない。 』 」と。
それは、ルカの2章41、42節を見ると、「イエスの両親は、過越の祭りに毎年エルサレムに行っていた。イエスが十二歳になられたときも、両親は祭りの慣習にしたがって都へ上った」とあり、一週間エルサレムで過ごされたことに始まる重荷の吐露と考えられる。この十二歳は、成人男子と一緒に会堂に入ることが許される年齢である。この年齢から毎年祭りに上られながらその都度、エルサレムの町をご覧になり、神殿の腐敗した状態に憂いておられたからだ。
従って、この受難週における 《 宮清め 》 は二度目のこと。
公生涯の初めに続く、生涯最後の受難週に入られるや、直ちに手掛けられたのが 《 宮清め 》 だったのも、生涯を通して神殿の腐敗した状態に重荷を感じておられたからだ。

A 主の聖父への愛の証を意味する。

ヨハネの福音書 2章17節 「弟子たちは、『 あなたの家を思う熱心が私を食い尽くす 』 と書いてあるのを思い起こした」とあるように、主の聖父への熱い思いの現れなのだ。
それは、ルカの19章46節 「彼らに言われた。『 わたしの家は祈りの家でなければならない 』 と書いてある。それなのに、おまえたちはそれを 『 強盗の巣 』 にした。」という 《 聖父への冒涜を痛むという愛 》 による。イザヤ書 56章7節 「わたしの聖なる山( モリヤの山 )に来させて、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。・・・なぜならわたしの家は、あらゆる民の祈りの家・・・」 神殿が、卑しい場と化したことへの嘆き。
ルカ 19章45節 「イエスは宮に入って、商売人たちを追い出し始め」たことを、マルコの福音書 11章15、16節は、「・・・その中で売り買いしている者たちを追い出し始め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。また、だれにも、宮を通って物を運ぶことをお許しにならなかった」と詳細。
神殿が聖別されておらず、世俗的に利用されていたから。
神殿の境内は、三千〜四千坪くらい( 約9.9〜13.2平方キロメートル )とされていた。
異邦人の庭と言われる場所で、捧げ物となる動物、或いは、貧者が捧げる鳩などが売買されていた。これらは全て、表向きは礼拝者の便宜を図ってのこと。何故なら、礼拝に捧げる捧げ物は皆、無傷でなければならなかったことから、長旅で神殿を訪れる礼拝者たちにとっては、不必要な心配から解かれるというので利用されていた。純粋な礼拝者の、その気持ちに乗じて相当の利益を得ていた。

両替人が置かれたのも、ユダヤ人成人男子が一年ごとに半シェケルの宮の納入金を納めるのに、通常通貨( ギリシア、ローマ貨幣 )をフェニキア硬貨に替える必要があった為で、両替手数料は15%だとされていた。
マルコの福音書はその時の主のお気持ちを正確に伝えている。エルサレム入京は聖日だったが、その日は厳密に見ると、11章11節 「宮に入られた。そして、すべてを見て回った後、すでに夕方になっていたので、十二人と一緒にベタニアに出て行かれた」、その翌日の出来事として、12〜14節の 《 いちじくの木を呪われた 》 ことがあって 《 宮清め 》 に。
見て回られた時、ご自身のお気持ちには既に、悪の事実を確認されていた。しかしその感情のままの行動ではなく、翌日、葉ばかり茂らせるいちじくの木を表面では主を恐れて仕えているかのように振る舞うパリサイ人に見立て、糾弾を明らかにされた上での神殿での審判だったということ。主の行動はいつも、衝動的なものではなく、洞察に洞察を重ねつつ、聖父を愛する愛に押し出されて立ち上がられるお方 !! 一旦立ち上がられた時には、確実な審判を下されるお方 !! 侮られるべきお方ではないとの厳粛さを覚える。
ご自身への侮りの為には、何ら行動を起こされない。しかし、聖父のご意志が歪められる時、聖父の御心を行う為にこの世に来られたとのご目的を明確に、生きられた。

※ お互い、自分の為になら何か言うことがあっても、主の御名の為に、 《 重荷と愛 》 の故にという在り方は如何に !!

posted by luckyfachan at 19:18| Comment(0) | ルカの福音書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする