使徒の働き18章23節、19章1~7節
先週は、パウロがプリスキラとアキラを残して去ったエペソに、彼ら二人が24節 「アポロ」を迎えた記事に学んだ。
アポロはエペソ滞在後、既にパウロが二年前後 労して実を残した※27節a 「アカイア(コリント)」に行き、27c、28節 「・・・恵みによって信者になっていた人たちを、大いに助け・・・力強くユダヤ人たちを論破した」とある。アポロとパウロとはその初め面識はなかったが、こうした其々の導きで《 コリントの群れの同労者として 》教会の建て上げに労した事実を、『第一コリント』に見た ⇒ 1章10~17節、3章4~9節。
ところがアポロのその初めには※24、25節 「・・・が、・・・知らなかった」との霊的欠落があったが、パウロとは不協和音無く 同じ信仰的理解と経験をもって有効な奉仕に携わる働き人とした鍵はどこにあったのか、※26節から学んだ。
ⅰ プリスキラとアキラの聖霊による機転:
アポロの霊的経験の不十分さに気づき、私的に招く霊的弁えと、神の道を説明する教理的理解を持っていたこと【コリントでのパウロによる指導】、27節 「兄弟たち」 ⇒ 第一コリント16章19節 「家にある教会」を導いた救霊力。
ⅱ 古代世界の教育・哲学の中心地出の学識者アポロの謙虚さ:
名もなき二人からの教えを真摯に受け止め、間接的にではあるが、パウロの伝えるキリスト信仰に立った。
アポロの生来備えられていた良きものは全て、彼が二人の導きに素直に応じた時、主の為に活かされることになる。
※ 聖霊に明け渡された器方によって為される《 速やかな神のわざ 》に、お互いもそれぞれの場で加わらせて頂きたいと。
今朝は、18章23節《 第三次伝道旅行に入ったパウロ 》が、19章1節、アポロがコリントに移って行った後、いよいよ念願だったエペソに入り、「何人かの弟子たちに出会った」ことに始まったエペソ宣教の記事に学ぶ。
パウロのエペソ宣教切願は、この世を神に帰するのに、当時 世界制覇していたローマ帝国に福音をと、このエペソこそその拠点に最適だったと導かれていたことによる。
パウロが出会った「何人かの弟子たち」とあるのはどの様な人だったのか?
使徒に出てくる「弟子」とは、いつでも主を信じて、宣教の協力者となっていく人々のことであるから、彼らに献身的姿勢を見て取ることが出来ていたからだろう。パウロが彼らに、2節a 「信じたとき・・・」と尋ねていることから、彼らがキリストを受け入れた人々であると認めたと思われるが、次いで「聖霊を受けましたか」と尋ねたのには、聖霊経験があるのか? 疑念を持ったからだと思われる【先にプリスキラとアキラがアポロの説教を聞いて気づいた内容に同様】。この一点を確認して、彼らを真の弟子としての生涯に導こうとしている情熱が窺える。
この人々は、第二次伝道旅行時の※18章19~21節でパウロに導かれた好意ある人々の中に居たとは考えられない。もし居合わせていたならば、プリスキラとアキラの指導に与っていたであろうから。又、18章27、28節の中に彼らが居たのであれば、アポロから指導されていた筈であるから、アポロとの接点もなかったようだ。唯、明白なことはアポロ同様、パウロの※2節a 「聖霊を受けましたか」に、2節b 「いいえ」と言う人々であったこと。
ここで二つのことを考えて Message としたい!!
① 3節 「それでは、どのようなバプテスマを受けたのですか」と尋ねると、彼らは「ヨハネのバプテスマです」と答えたが、未だキリストの弟子としては不十分だった《 この「ヨハネのバプテスマ」 》について。
アポロが、バプテスマのヨハネから※18章25節 「主の道について教えを受け」たというものであるが、B・ヨハネが神から与えられた使命は、ルカ3章1~6節 「・・・神のことばが、荒野でザカリヤの子ヨハネに臨んだ。ヨハネはヨルダン川周辺のすべての地域に行って、罪の赦しに導く悔い改めのバプテスマを宣べ伝えた。これは、預言者イザヤのことばの書に書いてあるとおり」、「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意せよ。主の通られる道をまっすぐにせよ・・・』」であった。
ひと言で《 人々を主を迎えるに相応しく整えること 》にあった。「主の道」を備えたなら主が来られ、その時、同3章16、17節 「・・・その方は聖霊と火で、あなたがたにバプテスマを授けられます。また・・・」という究極の贖あがないの恵みに与るとの期待の信仰である。
従って十二人ほど【アポロも同様】の※19章2節b 「いいえ、聖霊がおられるのかどうか、聞いたこともありません」とは、B・ヨハネから《 キリストによる聖霊と火とのバプテスマが来ることだけは、聞かされて》知っていたの意。
しかし《 その日を既に迎え、ヨハネの証言通り成就したことについては未だ聞かず、知らない。2章で起こったペンテコステの歴史的出来事 》を知らなかった。
② 6節 「パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言したりした」こと。
ペンテコステの日を迎えて二十年余、あの日に起こったことに重なる現象。2章4節 「他国のいろいろなことばで話し始め」、7~11節《 遠くはローマから、エジプト、クレネから、東はメソポタミアからと世界各国から集められた人々 》の必要に応えるための言語の賜物だったのに同様、“ エペソというはなはだしい人種のるつぼのような国際都市 ” に福音を届けるのに有効とする為だったに違いない。
パウロの目に、主に献身している人々と映った十二人への初めて掛けた言葉が、2節 「・・・聖霊を受けましたか」だったことは注目に値する。この問い掛けこそ、神の為に生きると願う者には必須の霊的経験だからだ。
主が弟子たちに、「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい」と命じられたのも《 聖霊への明け渡し 》が為されて初めて、ローマ帝国を相手にしての宣教に携わることが出来るとされたことに同様。
※ パウロのエペソ宣教は、皮切りに出会った弟子たちを《 聖霊の満たされた働き人と 》導くことに始まったと覚える時、16章6節の禁止命令は《 神の時ある故 》と覚えて謙りたい。
先週は、パウロがプリスキラとアキラを残して去ったエペソに、彼ら二人が24節 「アポロ」を迎えた記事に学んだ。
アポロはエペソ滞在後、既にパウロが二年前後 労して実を残した※27節a 「アカイア(コリント)」に行き、27c、28節 「・・・恵みによって信者になっていた人たちを、大いに助け・・・力強くユダヤ人たちを論破した」とある。アポロとパウロとはその初め面識はなかったが、こうした其々の導きで《 コリントの群れの同労者として 》教会の建て上げに労した事実を、『第一コリント』に見た ⇒ 1章10~17節、3章4~9節。
ところがアポロのその初めには※24、25節 「・・・が、・・・知らなかった」との霊的欠落があったが、パウロとは不協和音無く 同じ信仰的理解と経験をもって有効な奉仕に携わる働き人とした鍵はどこにあったのか、※26節から学んだ。
ⅰ プリスキラとアキラの聖霊による機転:
アポロの霊的経験の不十分さに気づき、私的に招く霊的弁えと、神の道を説明する教理的理解を持っていたこと【コリントでのパウロによる指導】、27節 「兄弟たち」 ⇒ 第一コリント16章19節 「家にある教会」を導いた救霊力。
ⅱ 古代世界の教育・哲学の中心地出の学識者アポロの謙虚さ:
名もなき二人からの教えを真摯に受け止め、間接的にではあるが、パウロの伝えるキリスト信仰に立った。
アポロの生来備えられていた良きものは全て、彼が二人の導きに素直に応じた時、主の為に活かされることになる。
※ 聖霊に明け渡された器方によって為される《 速やかな神のわざ 》に、お互いもそれぞれの場で加わらせて頂きたいと。
今朝は、18章23節《 第三次伝道旅行に入ったパウロ 》が、19章1節、アポロがコリントに移って行った後、いよいよ念願だったエペソに入り、「何人かの弟子たちに出会った」ことに始まったエペソ宣教の記事に学ぶ。
パウロのエペソ宣教切願は、この世を神に帰するのに、当時 世界制覇していたローマ帝国に福音をと、このエペソこそその拠点に最適だったと導かれていたことによる。
パウロが出会った「何人かの弟子たち」とあるのはどの様な人だったのか?
使徒に出てくる「弟子」とは、いつでも主を信じて、宣教の協力者となっていく人々のことであるから、彼らに献身的姿勢を見て取ることが出来ていたからだろう。パウロが彼らに、2節a 「信じたとき・・・」と尋ねていることから、彼らがキリストを受け入れた人々であると認めたと思われるが、次いで「聖霊を受けましたか」と尋ねたのには、聖霊経験があるのか? 疑念を持ったからだと思われる【先にプリスキラとアキラがアポロの説教を聞いて気づいた内容に同様】。この一点を確認して、彼らを真の弟子としての生涯に導こうとしている情熱が窺える。
この人々は、第二次伝道旅行時の※18章19~21節でパウロに導かれた好意ある人々の中に居たとは考えられない。もし居合わせていたならば、プリスキラとアキラの指導に与っていたであろうから。又、18章27、28節の中に彼らが居たのであれば、アポロから指導されていた筈であるから、アポロとの接点もなかったようだ。唯、明白なことはアポロ同様、パウロの※2節a 「聖霊を受けましたか」に、2節b 「いいえ」と言う人々であったこと。
ここで二つのことを考えて Message としたい!!
① 3節 「それでは、どのようなバプテスマを受けたのですか」と尋ねると、彼らは「ヨハネのバプテスマです」と答えたが、未だキリストの弟子としては不十分だった《 この「ヨハネのバプテスマ」 》について。
アポロが、バプテスマのヨハネから※18章25節 「主の道について教えを受け」たというものであるが、B・ヨハネが神から与えられた使命は、ルカ3章1~6節 「・・・神のことばが、荒野でザカリヤの子ヨハネに臨んだ。ヨハネはヨルダン川周辺のすべての地域に行って、罪の赦しに導く悔い改めのバプテスマを宣べ伝えた。これは、預言者イザヤのことばの書に書いてあるとおり」、「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意せよ。主の通られる道をまっすぐにせよ・・・』」であった。
ひと言で《 人々を主を迎えるに相応しく整えること 》にあった。「主の道」を備えたなら主が来られ、その時、同3章16、17節 「・・・その方は聖霊と火で、あなたがたにバプテスマを授けられます。また・・・」という究極の贖あがないの恵みに与るとの期待の信仰である。
従って十二人ほど【アポロも同様】の※19章2節b 「いいえ、聖霊がおられるのかどうか、聞いたこともありません」とは、B・ヨハネから《 キリストによる聖霊と火とのバプテスマが来ることだけは、聞かされて》知っていたの意。
しかし《 その日を既に迎え、ヨハネの証言通り成就したことについては未だ聞かず、知らない。2章で起こったペンテコステの歴史的出来事 》を知らなかった。
② 6節 「パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言したりした」こと。
ペンテコステの日を迎えて二十年余、あの日に起こったことに重なる現象。2章4節 「他国のいろいろなことばで話し始め」、7~11節《 遠くはローマから、エジプト、クレネから、東はメソポタミアからと世界各国から集められた人々 》の必要に応えるための言語の賜物だったのに同様、“ エペソというはなはだしい人種のるつぼのような国際都市 ” に福音を届けるのに有効とする為だったに違いない。
パウロの目に、主に献身している人々と映った十二人への初めて掛けた言葉が、2節 「・・・聖霊を受けましたか」だったことは注目に値する。この問い掛けこそ、神の為に生きると願う者には必須の霊的経験だからだ。
主が弟子たちに、「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい」と命じられたのも《 聖霊への明け渡し 》が為されて初めて、ローマ帝国を相手にしての宣教に携わることが出来るとされたことに同様。
※ パウロのエペソ宣教は、皮切りに出会った弟子たちを《 聖霊の満たされた働き人と 》導くことに始まったと覚える時、16章6節の禁止命令は《 神の時ある故 》と覚えて謙りたい。
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