使徒の働き8章26~40節
先週は、教会が予期せぬ迫害によって※1章8節の宣言が動き出すや、5章で発覚した《 アナニアとサッピラの偽善的 》出来事に次いで※9節a 「ところで」と登場したシモン【9a’~11 「この人こそ、『大能』と呼ばれる、神の力だ」と言われていた】が扱われた記事から、信仰の在り方を吟味した。
ここでの記事だけでは、シモンが何をどの様に悔い改めて主に立ち返ったのか? 14節以降、エルサレムから派遣されたペテロとヨハネによる彼への手厳しい扱いを見る限り、信仰を持ったとは言え、生き方の方向転換がないことが分かる。
その特色は、信仰後も信仰前と何ら変わらず、魔術師シモンは、未だに魔術師のままでしかないことにある。唯、表面上の行為としての魔術は捨てたかも知れないが、18、19節に見る※9節 「自分は偉大な者だと」する自己拡大に生きる姿勢を《 聖霊に用いられる生活ではなく、聖霊を自分の栄誉の為に用いようとする肉的野心に 》見る。その霊的問題は・・・
ⅰ 21節 「おまえの心が神の前に正しくない」こと。
ペテロのこの指摘は、彼の生きる動機の不純さへのもの。神に認められることには関心がなく、只管ひたすら、人からの称賛、注目の的になることにしか関心がない。従って、23節 詳訳 「苦い胆汁の中に居り、又不義によって鍛えられた【魂を縛る】かせの中にいるのが見えます」とある。
ⅱ 24節 「・・・私のために主に祈ってください」に見る自己本位。
※ シモンに残された唯一の救いの道は、22節 「だから、この悪事を悔い改めて、主に祈れ」に。ペテロの洞察は「もしかしたら・・・赦されるかもしれない」とは‼ 彼の不確かさへの言及と覚え、自戒をと‼
今朝は、8節 「その町には、大きな喜びがあった」サマリアでの働きに用いられたピリポが、26節 「さて、主の使いがピリポに言った。『立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。』そこは荒野である」との指示を受けた時に取った彼の信仰の姿勢に学びたい。
ピリポは、使徒たちから、6章3節 「あなたがたの中から、御霊と知恵に満ちた、評判の良い【試験済みの】人たちを七人選びなさい。その人たちにこの務めを任せることにして」との提案を受けて選出された一人、5節 「信仰と聖霊に満ちた人ステパノ」に次ぐ人物だった。
既に、殉教に臨んだステパノに「聖霊に満たされた人」の人となりに学んだが、ピリポにも同様注目したい。
① 聖霊に明け渡しの信仰。
27節 「そこで、ピリポは立って出かけた」とある。
ピリポのサマリアでの働きは明らかに祝福された。
ペテロとヨハネの支援によって、生まれたばかりの群れが《 17節 「聖霊を受け」、同時に、ピリポに付きまとっては熱心さを装っていたシモンの悪巧みが暴かれるなどして 》健全に活性化しつつある中、サマリアでの働きは、これからというところだったに違いない。にも拘らず、主の御使いから耳を疑うような指示が出されたのだ。
人間的には抵抗なしには受け入れ難いところでは? 何故今なのか? これ程までの成果を見ている直中で? 弟子訓練など、教会建設の為のビジョンの着手もこれからでは? しかも、その指示は極めて厳密。行く先は「『エルサレムからガザに下る道に出なさい。』そこは荒野」とあるが、ガザへの道には何本かあることから、あえてエルサレムから下る道にとの指示である。
このことは明らかに、27、28節 「・・・礼拝のためエルサレムに上り、帰る途中であった」と言われる「エチオピア人の女王カンダケの高官」を導く為に他ならないからだが、ピリポは知っていただろう、「そこは荒野」なのだ。
そのような地に、何故あえて行かなければならないのか? 知る由もないこと。聖霊の指示は、肉にはいぶかるところであり、必ずや、異議をとなえるのが肉。
何故なら、ガラテヤ5章17節 「肉が望むことは御霊に逆らい、御霊が望むことは肉に逆らうからです。この二つは互いに対立している」とあるからだ。
しかしピリポは、27節 「そこで」と、躊躇感無く従えただろうか? 兎に角彼は、即刻従ったのだ。
かつてアブラハムは、創世記22章2節で「あなたの子、あなたが愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そして・・・彼を全焼のささげ物として捧げなさい」と命じられて、翌朝早く彼は神の指示に従った。その時、葛藤がなかったとは言い難い。同7、8節でイサクと交わした会話から、その苦悩する気持ちが想像出来るが、その上での服従なのだ。仮に少なからず葛藤があったにせよ、それは問題ではない。即刻の服従に価値がある。不承不承の服従ではない。神には従うべきとする《 神への絶対的信頼をもって生きることを本分とする信仰 》によるから。
この信仰は、29、30節 「御霊が・・・と言われた。そこでピリポが走って行くと」と、その都度の姿勢にも顕著。
その後、39、40節 「主の霊がピリポを連れ去られた。・・・そして、すべての町を通って福音を宣べ伝え、カイサリアに行った」と、聖霊が如何にしてピリポをアゾトに連れ去られたかは分からないにしても、何と従順な姿勢がここにも。
この姿勢にこそテスト済みの信仰、諸局面での肉の処理によって聖霊の満たしに与り続けることへの忠実さを見る。
② そうした聖霊経験に伴う聖書的知識の豊かさ。
30節、聖霊の導きに従って宦官かんがんに近付くや、この導きを積極的に救いのチャンスと捕らえて始まった二人の会話は、31節と、何と驚くべき流れとなったことか‼ 35節 「ピリポは口を開き、この聖書の箇所から始めて、イエスの福音を彼に伝えた」結果、宦官は直ちに救いに与ったのだ。
この宦官はピリポの個人伝道によって、27節 「礼拝のためエルサレムに上」っていた人で、ユダヤ教に改宗していたであろうエチオピア人で後、初期のエチオピヤ宣教の発端となったという伝承も怪しむに足りないと言われている。
※ もしピリポが従うことに躊躇逡巡していたならば、アフリカへの宣教はいつの事になっていただろう。聖霊は、聖霊に満たされた人々によって、働きを自在に進められるお方。聖霊の働きを妨げる唯一の障害物の肉を処理しているならば、福音を運ぶ器とされるとの自覚を新たにしたい。
先週は、教会が予期せぬ迫害によって※1章8節の宣言が動き出すや、5章で発覚した《 アナニアとサッピラの偽善的 》出来事に次いで※9節a 「ところで」と登場したシモン【9a’~11 「この人こそ、『大能』と呼ばれる、神の力だ」と言われていた】が扱われた記事から、信仰の在り方を吟味した。
ここでの記事だけでは、シモンが何をどの様に悔い改めて主に立ち返ったのか? 14節以降、エルサレムから派遣されたペテロとヨハネによる彼への手厳しい扱いを見る限り、信仰を持ったとは言え、生き方の方向転換がないことが分かる。
その特色は、信仰後も信仰前と何ら変わらず、魔術師シモンは、未だに魔術師のままでしかないことにある。唯、表面上の行為としての魔術は捨てたかも知れないが、18、19節に見る※9節 「自分は偉大な者だと」する自己拡大に生きる姿勢を《 聖霊に用いられる生活ではなく、聖霊を自分の栄誉の為に用いようとする肉的野心に 》見る。その霊的問題は・・・
ⅰ 21節 「おまえの心が神の前に正しくない」こと。
ペテロのこの指摘は、彼の生きる動機の不純さへのもの。神に認められることには関心がなく、只管ひたすら、人からの称賛、注目の的になることにしか関心がない。従って、23節 詳訳 「苦い胆汁の中に居り、又不義によって鍛えられた【魂を縛る】かせの中にいるのが見えます」とある。
ⅱ 24節 「・・・私のために主に祈ってください」に見る自己本位。
※ シモンに残された唯一の救いの道は、22節 「だから、この悪事を悔い改めて、主に祈れ」に。ペテロの洞察は「もしかしたら・・・赦されるかもしれない」とは‼ 彼の不確かさへの言及と覚え、自戒をと‼
今朝は、8節 「その町には、大きな喜びがあった」サマリアでの働きに用いられたピリポが、26節 「さて、主の使いがピリポに言った。『立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。』そこは荒野である」との指示を受けた時に取った彼の信仰の姿勢に学びたい。
ピリポは、使徒たちから、6章3節 「あなたがたの中から、御霊と知恵に満ちた、評判の良い【試験済みの】人たちを七人選びなさい。その人たちにこの務めを任せることにして」との提案を受けて選出された一人、5節 「信仰と聖霊に満ちた人ステパノ」に次ぐ人物だった。
既に、殉教に臨んだステパノに「聖霊に満たされた人」の人となりに学んだが、ピリポにも同様注目したい。
① 聖霊に明け渡しの信仰。
27節 「そこで、ピリポは立って出かけた」とある。
ピリポのサマリアでの働きは明らかに祝福された。
ペテロとヨハネの支援によって、生まれたばかりの群れが《 17節 「聖霊を受け」、同時に、ピリポに付きまとっては熱心さを装っていたシモンの悪巧みが暴かれるなどして 》健全に活性化しつつある中、サマリアでの働きは、これからというところだったに違いない。にも拘らず、主の御使いから耳を疑うような指示が出されたのだ。
人間的には抵抗なしには受け入れ難いところでは? 何故今なのか? これ程までの成果を見ている直中で? 弟子訓練など、教会建設の為のビジョンの着手もこれからでは? しかも、その指示は極めて厳密。行く先は「『エルサレムからガザに下る道に出なさい。』そこは荒野」とあるが、ガザへの道には何本かあることから、あえてエルサレムから下る道にとの指示である。
このことは明らかに、27、28節 「・・・礼拝のためエルサレムに上り、帰る途中であった」と言われる「エチオピア人の女王カンダケの高官」を導く為に他ならないからだが、ピリポは知っていただろう、「そこは荒野」なのだ。
そのような地に、何故あえて行かなければならないのか? 知る由もないこと。聖霊の指示は、肉にはいぶかるところであり、必ずや、異議をとなえるのが肉。
何故なら、ガラテヤ5章17節 「肉が望むことは御霊に逆らい、御霊が望むことは肉に逆らうからです。この二つは互いに対立している」とあるからだ。
しかしピリポは、27節 「そこで」と、躊躇感無く従えただろうか? 兎に角彼は、即刻従ったのだ。
かつてアブラハムは、創世記22章2節で「あなたの子、あなたが愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そして・・・彼を全焼のささげ物として捧げなさい」と命じられて、翌朝早く彼は神の指示に従った。その時、葛藤がなかったとは言い難い。同7、8節でイサクと交わした会話から、その苦悩する気持ちが想像出来るが、その上での服従なのだ。仮に少なからず葛藤があったにせよ、それは問題ではない。即刻の服従に価値がある。不承不承の服従ではない。神には従うべきとする《 神への絶対的信頼をもって生きることを本分とする信仰 》によるから。
この信仰は、29、30節 「御霊が・・・と言われた。そこでピリポが走って行くと」と、その都度の姿勢にも顕著。
その後、39、40節 「主の霊がピリポを連れ去られた。・・・そして、すべての町を通って福音を宣べ伝え、カイサリアに行った」と、聖霊が如何にしてピリポをアゾトに連れ去られたかは分からないにしても、何と従順な姿勢がここにも。
この姿勢にこそテスト済みの信仰、諸局面での肉の処理によって聖霊の満たしに与り続けることへの忠実さを見る。
② そうした聖霊経験に伴う聖書的知識の豊かさ。
30節、聖霊の導きに従って宦官かんがんに近付くや、この導きを積極的に救いのチャンスと捕らえて始まった二人の会話は、31節と、何と驚くべき流れとなったことか‼ 35節 「ピリポは口を開き、この聖書の箇所から始めて、イエスの福音を彼に伝えた」結果、宦官は直ちに救いに与ったのだ。
この宦官はピリポの個人伝道によって、27節 「礼拝のためエルサレムに上」っていた人で、ユダヤ教に改宗していたであろうエチオピア人で後、初期のエチオピヤ宣教の発端となったという伝承も怪しむに足りないと言われている。
※ もしピリポが従うことに躊躇逡巡していたならば、アフリカへの宣教はいつの事になっていただろう。聖霊は、聖霊に満たされた人々によって、働きを自在に進められるお方。聖霊の働きを妨げる唯一の障害物の肉を処理しているならば、福音を運ぶ器とされるとの自覚を新たにしたい。
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