聖日礼拝 『ルカの福音書』 より 86


ルカの福音書19章28節~44節

先週は、主が、11節 「エルサレムの近くに来」られた時、「神の国がすぐに現れると思っていた」人々を相手に、彼らの誤りを正す為に話された13節から、「私が帰って来るまで、これで商売をしなさい」に注目した !!
タラントが 《 先天的に与えられた能力 》 に言及し、ミナは誰もが共通に持つ 《 賜物としての聖霊 》 であると確認した上で、聖霊で「商売」を、即ち 《 活用する 》 とは ? を学んだ。

ⅰ 聖霊との関係における真面目さの如何を吟味すること。
主は、15節 「彼らがどんな商売をしたかを知ろうと思った」と、どれだけもうけたか ? ではなく、商売【活用】の仕方・在り方・心の姿勢・何事かをする時の動機の如何に関心を。
主の十ミナもうけた人への喜びは、17節 「小さなことにも忠実だった【詳訳 : 信頼できる】」、心の姿勢にあった。

ⅱ 聖霊との関係に忠実である時、結果に見る【十ミナのもうけ、五ミナのもうけ】に違いはあっても、主人に実を捧げることが出来るようにされること ⇒ ヨハネ 15章5節( ぶどうの木と枝にたとえて )。

ⅲ 聖霊との関係に不忠実な人の霊的状態とは ?
20節のしもべの「私は布に包んで、しまっておきました」に顕著。何のもうけも差し出せなかった理由として自らの怠慢を度外視し、唯、21節に主人の人柄を問題視する姿勢。
結果・失敗を恐れて使えなかったのであれば、主人の言う、23節 「銀行に預け」れば良かっただけのことで、言い訳は通用しない。聖霊との交わりの貧困は、そこから不正直さを生み出させ、その表れは21、22節 《 誤った神理解 》 に顕著である。

※ 聖霊との関係如何は、今日的・永遠的問題と覚えたい、と。


今朝は、半年間に及ぶエルサレム行きの旅に終わりを告げ、遂に十字架刑に臨まれる受難週の始まりの日に入ります。
主がこの日を迎えるに際して、幾度となく口にされたおことばは、ヨハネが福音書で明らかにしているが、「わたしの時はまだ来ていません」だった( ヨハ 7・6、8 )。
即ち、贖( あがな )いを成し遂げる十字架の日の為にご計画しておられる聖父の御心の時期が 《 今なのか ? そうでないのか ? の見極め 》 に慎重を期して来られてのおことばである。
公的生涯の幕開けとなった 《 カナの婚礼の席での奇跡 》 に始まり、受難週直前の 《 ラザロのよみがえり 》 に至るまでの日々、如何に慎重に一挙手一投足の為に聖父を求めておられたことか !! ところが何と !! 今日から目にする主は、最早これまでの様な聖父の時を伺う様子とは一変して、聖父のご自身の時の来たことを知って臨まれる厳然としたお姿である。
主はエルサレム入京に際して、29節 「オリーブという山のふもとの【ベテパゲ地区のベタニアという村】に近づいたとき・・・二人の弟子を遣わされ」て、30節 「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばが、つながれているのに気がつくでしょう。それをほどいて、連れて来なさい」と指示を与えられた。更にその先のことまで、31節 「もし 『 どうして、ほどくのか 』 とだれかが尋ねたら、『 主がお入り用なのです 』 と言いなさい」と。
実は主は、エルサレム入京に際しての ※ ゼカリヤ書 9章9節 「柔和な者で、ろばに乗って。雌ろばの子である、ろばに乗って」の預言による行動との確信から出ている指示なのだ。

従って、32~34節には、その通りのことが為されていて不思議ではないのだ。主はこの時に至って初めて、人々がメシアとしてご自身を迎えるべきであるとの宣言的なお姿で、メシアが当然受けるべき歓迎の仕方で迎えさせた。
主のエルサレム入京の光景は、軍馬にまたがる勝利者のようにではなく、35節では弟子たちが、鞍( くら )の代わりに「上着を掛けて、イエスをお乗せし」、更に人々からは、36節 「道に自分たちの上着を敷」くのに身を任せられたが、謙っての入京。
その人々とは、37節 「大勢の弟子たちは」とあるように、主から数々の実際的な憐れみに与った人々であり、「自分たちが見たすべての力あるわざについて、喜びのあまりに大声で神を賛美し始め」、38節 「祝福あれ、主の御名によって来られる方、王に。天には平和があるように。栄光がいと高き所にあるように」と。
その熱狂振りは、39節 「するとパリサイ人のうちの何人かが、群衆の中からイエスに向かって、『 先生、あなたの弟子たちを叱ってください 』 と言」わせる程の爆発的騒動だった。
しかし主は毅然とした態度で、40節 「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」とだけ仰って、彼らのことばを真っ向から退けられた。
何故なら、群衆が主を賛美して大歓迎するのは当然だからである。この現象がローマ政府を刺激するのではとの恐れから、民衆の熱狂的歓声を静めるべきだとして、賛美を平然と受ける主を非難するパリサイ人たちの忠告は、妬( ねた )みの為の阻止にしか過ぎないと、知っておられるからである。
主の心は、彼らの反応には目もくれず、彼らの行方を案じ、エルサレムを思う思いで胸が熱いのだ。
主のそのみ思いを41~44節に見て Message を。

① 41節 「この都のために泣」かれる主。

この 《 泣いた 》 は強い動詞で、号泣とすすり泣きだと学んでいるが、背後から聞こえる人々の歓喜の声も “ 十字架につけろ ” の声に間もなく変わると知りつつ、それが熱狂的であればある程、その無知に苦しまれての涙なのだ。
彼らが主を賛美し、主に付きまとって来るのは、主から頂いたこの世的な救出の故にであって、奇跡を行うことによって証された救い主ご自身に寄せる信頼ではなかった。
ヨハネの福音書 1章11節 「この方を受け入れなかった」。

② 主の号泣は、頑( かたく )なな彼らの結末を思っての涙。

42節 「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら―。しかし今、それはおまえの目から隠されている」、44節 「神の訪れの時を、おまえが知らなかった」とは、彼らが「平和【コリント人への手紙 第二 5章17~19節】に向かう道」を聞いていなかったのではない、唯、平和への和解のことばを退けたことによる。ルカの13章34、35、にも主の嘆きが吐露されているが、最後の最後の機会をも頑なに退ける者への嘆き !!
19章の43、44、は、自らの罪を悔い改めなかった彼らの末路の予告であり、A.D.70年に現実となったと歴史は伝えている。

※ エルサレムの為に号泣された主は、今も「平和に向かう道」が提供されているにも拘らず拒む全人類の為に号泣しておられるお方と覚えたい。

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