聖日礼拝 『ルカの福音書』 より 70


ルカの福音書15章全

先週は、14章のテーマだった神の国への招きに応じて「食事を味わう者」とは 《 主の弟子となる者 》 のことと学んだ( 14章25~35節 )。
先ず、弟子としての姿勢について、世の常識的事柄を引き合いに、28~30節 「塔を建てようとするとき」、31、32節 「ほかの王と戦いを交えようと出て行くとき」と、何れも 《 完成を目指し、或いは勝利を考えて 》 真剣な態度で臨むではないか。まして 《 神の国に招かれた者ならば、その光栄感の故に、もっと本気に 》 臨む態度が吟味される必要があるのだと。

ⅰ 26節 ⇒ 主と私との関係には、どんなに親しい間柄にある肉親であっても入れてはならないこと。

ⅱ 27節 「自分の十字架を負って」主について行くことに。
「自分を捨て」ることで、隣人の救いの為に、自らの権利を主張せず、自らを空しくされた主の在り方こそ模範 !!

ⅲ 33節 「自分の財産すべてを捨て」ることに。
コリント人への手紙 第一 13章2、3節 「私が持っている物のすべてを分け与えても・・・愛がなければ、何の役にも立ちません」の聖句から、財産そのものを捨てることの意ではなく、もっと私たちの心の深い奥底での完全な明け渡しの意であることが分かる。実に、ゲッセマネの主の「わたしの願いではなく、みこころがなりますように」である( ルカ 22・42 )。
その上で「自分の財産すべてを捨て」るとは ? 私の存在の一切であり、今の意思、行為、持てる物【時間、金銭、賜物】に対する聖父の求めに従わせる愛に他ならない。

※ ここに生きる時、34節 「塩気」を持つキリスト者となり、「地の塩」として生きつつ、「神の国」に備えさせる、と。


今朝の記事は、著名な画家たちの手によって感動的に描かれている物語の一つ。特に、レンブラントの絵の前に釘付けにされて瞑想したヘンリ・ナウエン著 『 放蕩息子の帰郷 』 は、私たちの主の聖前における在り方に、強烈な光を当ててくれているので、未だの方は是非読んで欲しい。
この15章に出て来る 《 三つの話、4~7節 ※ 百匹のうち失った一匹を捜し当てて喜ぶ羊飼い、8~10節 ※ 10枚の銀貨のうち失った一枚の銀貨を捜し見つけて喜ぶ女の人、11~32節 ※ 二人の息子のうち失った弟息子が帰って来たことを喜ぶ父親の話 》 は、1、2節 「さて、取税人たちや罪人たちがみな、話を聞こうとしてイエスの近くにやって来た。すると、パリサイ人たち、律法学者たちが、『 この人は罪人たちを受け入れて、一緒に食事をしている 』 と文句を言った【詳訳 : 憤慨して不満を漏らすことを止めなかった】」ことを受けて、3節 「そこでイエスは」と、彼らに話されたもの。
即ち、話の骨子は、あなたがたも礼拝しているとする神は、この物語の 《 羊飼い、女の人、父 》 であり、あなたがたが嫌悪し冷酷に扱っている罪人たちは、この神によって喜び迎えられている、というもの。32節 「おまえの弟は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのは当然ではないか。」と。
主は、彼ら自らが 《 これぞ信仰だ !! 》 と自負し豪語している態度を根底から見直すようにと、扱われたのだ。
そして主はズバリ、三つ目のたとえ話に出て来る「兄息子」こそ、あなたがただと突き付けられたのだ。

兄息子 《 パリサイ人、律法学者 》 が知るべきこと !!

① 28節 「怒って、家に入ろうともしなかった」自らの正体を、である。

この怒りが何処から ? 29節の言い分から見える。
a. 「長年の間、私はお父さんにお仕えし、あなたの戒めを破ったことは一度もありません」に見る自己義の主張。父に仕えてはいても単なる義務的なものでしかなく、愛とは無縁のもの。コリント人への手紙 第一 13章3節 「たとえ・・・分け与えても、たとえ私のからだを引き渡して誇ることになっても、愛がなければ、何の役にも立ちません」とあり、行為としての労苦の有無ではなく、同 4節以下の愛の有無にしか、価値はないと知る時、何と虚しいことか !! 父への恩着せがましさには愛は無い。「戒めを破ったことは一度も」ないとは、何という自信。戒めの中心は愛 !! 彼には、外面的な正しさがあっても、肝心な愛がないのだ。
b. 「その私には・・・下さったこともありません」に見る盲目。父が断乎として言い切っている ※ 31節 「・・・私のものは全部おまえのものだ」が事実なのだ。「友だちと楽しむようにと、子やぎ一匹」を屠( ほふ )って食べなかったのであれば、それは単に、自分の主義によるものに過ぎなかったことになる。にも拘らず、いざ、祝宴が開かれている光景を見た時には、そうしなかったのは、あたかも父の出し惜しみ ? 不公平 ? によるものであるかのように責め立てている。
パリサイ人のする宗教的行事が、唯、敬虔であるとの評価を得たいが為のものでしかないことに顕著。
ここには、微塵も与えられている恵みへの感謝がない。
c. 30節 「それなのに、遊女と一緒にお父さんの財産を食いつぶした息子が帰って来ると、そんな息子のために肥えた子牛を屠られるとは。」に見る弟への冷淡な断罪。
身を持ち崩して帰って来た弟は、自分の弟ではない。あなたの息子かも知れないが、少なくとも最早、私の弟ではないと。どんなに自らの放蕩を悔いて帰って来たとしても、父への無礼には、裁きであって赦しではない。
よりによって「肥えた子牛」とは !! とんでもない !!
d. 32節 「だが、おまえの弟は死んでいたのに生き返り・・・」に見る父の持つ魂への重荷がない。
20節 「・・・ところが、まだ家までは遠かったのに・・・彼を見つけて・・・駆け寄って・・・口づけした」父親が、来る日も来る日も、もしかして今日帰って来るかも知れないとの期待をもって待っていたが、兄には、弟を待つ重荷はなかった。

② 自らも又同様、父に立ち返るべき罪人であり、尋ね出て頂かない限り、「生き返」ることの出来ない者であることを、である。

弟息子に駆け寄った父は、兄息子をなだめる為に、28節 「出て来て」とある。私たちは皆、羊飼いに、又女の人に父同様「捜し」に出て頂かない限り、帰るべきところに帰ることの出来ない 《 失われた者 》 なのだ。

※ 余りにも自らを知らないことの愚かさに目覚め、死んでいた者を尋ねていのちを捨てて下さった主に感謝したい。

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