使徒の働き17章1節~9節
先週は、聖霊の細やかな指示に従ったパウロが、遂に海を渡ってヨーロッパに。先ず、「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」との叫びが、ここにあったと納得させられる結果をピリピで見、そこでの聖霊の働きに注目した。
ⅰ 14節 「ルデヤという女が聞いていたが、主は彼女の心を開いて、パウロの語る事に心を留めるようにされた。」とある。
エペソ人への手紙 1章17節~19節 「・・・あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって・・・」との祈りがあるが、聖霊だけがこのことをなさるのだ。隣人の救いを願うお互いは、人間的焦り、煩いを捨てて、聖霊を期待する責任があるということ !!
ⅱ 16節~18節の占いの霊につかれた若い女奴隷への対応の為、パウロに霊的洞察力を与えて、悪の働きを退かせた。
この女の言葉を歓迎すべき ? 警戒すべき ? このいずれかの洞察は、今後の宣教にとって重要な局面となった。
ⅲ 25節 「真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。」と。
女奴隷による儲けが絶望的になったと知った主人たちは、二人を牢屋に閉じ込めた。しかし何という展開に !! こうした事態にも主をお認めして喜び、主を信頼した二人を聖霊が用いて、看守を救われた。何という、パウロの大胆さ !! その後もどういう訳か、35節 「釈放せよ」の命令が出た時のパウロの告発( 37節 )。普段持ち出すことのない 《 ローマ市民権 》 を、宣教の為に公然と用いて大胆に出る恵みによる強さ。
※ 聖霊は、大胆に従う者を用いて働きを進められるお方である事実に励まされ、しっかりそこに生きる者でありたいと。
今朝は、ピリピに次いでテサロニケで為された聖霊の働きに注目したい。ここでも、ピリピ教会に同様、他の教会を激励する模範的な教会の誕生を見ることになった。
テサロニケでの働きは、2節~4節 「いつもしているように、会堂にはいって行って、三つの安息日にわたり、聖書に基づいて彼らと論じた。そして、・・・説明し、また論証して・・・言った。【4節 詳訳】その結果・・・」とある。この結果について、パウロが更に旅を続けてコリントから書き送った 『 テサロニケ人への手紙 第一、第二 』 に、その詳細を知ることができるのは、幸いです。
これら二つの手紙によって、パウロが如何に彼らを思い遣っていたかが分かる。5節~9節によると、又もや、妬みに駆られたユダヤ人によって、宿を提供してくれていたヤソンの家から引き出されそうになった時、兄弟たちによって、10節 「夜のうちに・・・べレヤへ送り出」されてしまい、急きょ、救われた人々をそのまま残して出ることになったからである。
更に、べレヤからアテネへと旅行を続けるうちに、その心配がより一層募ったため、パウロはテモテをテサロニケに派遣して、彼らの安否を知ろうとした。このことについては、テサロニケ人への手紙 第一 3章1節~10節にある。
テモテから報告を聞くことになって喜んだパウロが、その気持ちを伝えたくて、この二つの手紙を書いたのだ。
彼らに注いだパウロの情熱がどれ程のものだったのか、そのパウロの情熱に、テサロニケの人々がどのように応えたのか、その様子が詳細に語られている。
使徒の働き 17章2節には、「三つの安息日にわたり」説教したとあるが、テサロニケの手紙からは、このことが、三週間の滞在期間だったことを意味しないと知ることが出来る。
テサロニケ人への手紙 第一 2章9節 「・・・だれにも負担をかけまいとして、昼も夜も働きながら、神の福音をあなたがたに宣べ伝え・・・」/ピリピ人への手紙 4章15節~16節 「・・・テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは一度ならず二度までも物を送って、私の乏しさを補ってくれました。」などが示唆である。確かに、テサロニケ人への手紙を読む限り、ある程度の滞在期間がなければ生まれて来ない結実と思われる。
使徒の働き 17章5節~9節では、パウロの説教によって多くの人々に救いが及んだ時、その影響力を見るに見兼ねたユダヤ人たちから迫害を余儀なくされたが、その状況で為された宣教の様子を、『 テサロニケ人への手紙 第一 』 に学んで Message を。その特色を・・・
① 宣教者パウロの姿勢に :
1章5節 詳訳 「・・・言葉によってだけでなく、〈 福音自体にある 〉力と聖霊と、又〈 私たちとして持つ 〉大きな確信〈 絶対的な確かさ 〉にもよったからです。・・・私たちが【自分を】どのような人間として示したかは、あなたがたの知っているところです」 ⇒ 彼の宣教は、全面的に、福音それ自体が持っている力【罪からの完全な解放と、聖霊によって新しい歩みに導く】への確信。それは彼自身の霊的経験で実証済みだからと。取りも直さず、その鍵を「聖霊」と言っているこの一点は見逃せない。
2章2節~12節 「・・・私たちはまずピリピで苦しみに会い、はずかしめを受けたのですが、私たちの神によって、激しい苦闘の中でも大胆に神の福音をあなたがたに語りました・・・」 ⇒ テサロニケの人々への愛情について、7節 「母がその子どもたちを養い育てるように」、11節 「父がその子どもに対してするように」と語り、8節 「ただ神の福音だけではなく、私たち自身のいのちまでも、喜んであなたがたに与えたいと思ったのです。」とまで言っている。
② テサロニケの人々の姿勢に :
1章6節 「あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。」 ⇒ 信仰を持つことに伴う苦難をすら受け入れる姿勢/同 9節 「偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり」 ⇒ 異教との関係を明確にした/2章13節 「・・・それを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして受け入れてくれた」 ⇒ パウロの語ることばに対する最高の聞き方だったことが意味されている。語られているところに神の権威を感じ、そのことばに当然従わざるを得なくされた彼らの姿勢を回顧している。
※ パウロのテサロニケ伝道の喜びは、テサロニケ人への手紙 第一 1章7節~8節 「あなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっている」にある。聖霊が働かれる時のその拡がりを、今日的にも期待したい。
先週は、聖霊の細やかな指示に従ったパウロが、遂に海を渡ってヨーロッパに。先ず、「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」との叫びが、ここにあったと納得させられる結果をピリピで見、そこでの聖霊の働きに注目した。
ⅰ 14節 「ルデヤという女が聞いていたが、主は彼女の心を開いて、パウロの語る事に心を留めるようにされた。」とある。
エペソ人への手紙 1章17節~19節 「・・・あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって・・・」との祈りがあるが、聖霊だけがこのことをなさるのだ。隣人の救いを願うお互いは、人間的焦り、煩いを捨てて、聖霊を期待する責任があるということ !!
ⅱ 16節~18節の占いの霊につかれた若い女奴隷への対応の為、パウロに霊的洞察力を与えて、悪の働きを退かせた。
この女の言葉を歓迎すべき ? 警戒すべき ? このいずれかの洞察は、今後の宣教にとって重要な局面となった。
ⅲ 25節 「真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。」と。
女奴隷による儲けが絶望的になったと知った主人たちは、二人を牢屋に閉じ込めた。しかし何という展開に !! こうした事態にも主をお認めして喜び、主を信頼した二人を聖霊が用いて、看守を救われた。何という、パウロの大胆さ !! その後もどういう訳か、35節 「釈放せよ」の命令が出た時のパウロの告発( 37節 )。普段持ち出すことのない 《 ローマ市民権 》 を、宣教の為に公然と用いて大胆に出る恵みによる強さ。
※ 聖霊は、大胆に従う者を用いて働きを進められるお方である事実に励まされ、しっかりそこに生きる者でありたいと。
今朝は、ピリピに次いでテサロニケで為された聖霊の働きに注目したい。ここでも、ピリピ教会に同様、他の教会を激励する模範的な教会の誕生を見ることになった。
テサロニケでの働きは、2節~4節 「いつもしているように、会堂にはいって行って、三つの安息日にわたり、聖書に基づいて彼らと論じた。そして、・・・説明し、また論証して・・・言った。【4節 詳訳】その結果・・・」とある。この結果について、パウロが更に旅を続けてコリントから書き送った 『 テサロニケ人への手紙 第一、第二 』 に、その詳細を知ることができるのは、幸いです。
これら二つの手紙によって、パウロが如何に彼らを思い遣っていたかが分かる。5節~9節によると、又もや、妬みに駆られたユダヤ人によって、宿を提供してくれていたヤソンの家から引き出されそうになった時、兄弟たちによって、10節 「夜のうちに・・・べレヤへ送り出」されてしまい、急きょ、救われた人々をそのまま残して出ることになったからである。
更に、べレヤからアテネへと旅行を続けるうちに、その心配がより一層募ったため、パウロはテモテをテサロニケに派遣して、彼らの安否を知ろうとした。このことについては、テサロニケ人への手紙 第一 3章1節~10節にある。
テモテから報告を聞くことになって喜んだパウロが、その気持ちを伝えたくて、この二つの手紙を書いたのだ。
彼らに注いだパウロの情熱がどれ程のものだったのか、そのパウロの情熱に、テサロニケの人々がどのように応えたのか、その様子が詳細に語られている。
使徒の働き 17章2節には、「三つの安息日にわたり」説教したとあるが、テサロニケの手紙からは、このことが、三週間の滞在期間だったことを意味しないと知ることが出来る。
テサロニケ人への手紙 第一 2章9節 「・・・だれにも負担をかけまいとして、昼も夜も働きながら、神の福音をあなたがたに宣べ伝え・・・」/ピリピ人への手紙 4章15節~16節 「・・・テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは一度ならず二度までも物を送って、私の乏しさを補ってくれました。」などが示唆である。確かに、テサロニケ人への手紙を読む限り、ある程度の滞在期間がなければ生まれて来ない結実と思われる。
使徒の働き 17章5節~9節では、パウロの説教によって多くの人々に救いが及んだ時、その影響力を見るに見兼ねたユダヤ人たちから迫害を余儀なくされたが、その状況で為された宣教の様子を、『 テサロニケ人への手紙 第一 』 に学んで Message を。その特色を・・・
① 宣教者パウロの姿勢に :
1章5節 詳訳 「・・・言葉によってだけでなく、〈 福音自体にある 〉力と聖霊と、又〈 私たちとして持つ 〉大きな確信〈 絶対的な確かさ 〉にもよったからです。・・・私たちが【自分を】どのような人間として示したかは、あなたがたの知っているところです」 ⇒ 彼の宣教は、全面的に、福音それ自体が持っている力【罪からの完全な解放と、聖霊によって新しい歩みに導く】への確信。それは彼自身の霊的経験で実証済みだからと。取りも直さず、その鍵を「聖霊」と言っているこの一点は見逃せない。
2章2節~12節 「・・・私たちはまずピリピで苦しみに会い、はずかしめを受けたのですが、私たちの神によって、激しい苦闘の中でも大胆に神の福音をあなたがたに語りました・・・」 ⇒ テサロニケの人々への愛情について、7節 「母がその子どもたちを養い育てるように」、11節 「父がその子どもに対してするように」と語り、8節 「ただ神の福音だけではなく、私たち自身のいのちまでも、喜んであなたがたに与えたいと思ったのです。」とまで言っている。
② テサロニケの人々の姿勢に :
1章6節 「あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。」 ⇒ 信仰を持つことに伴う苦難をすら受け入れる姿勢/同 9節 「偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり」 ⇒ 異教との関係を明確にした/2章13節 「・・・それを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして受け入れてくれた」 ⇒ パウロの語ることばに対する最高の聞き方だったことが意味されている。語られているところに神の権威を感じ、そのことばに当然従わざるを得なくされた彼らの姿勢を回顧している。
※ パウロのテサロニケ伝道の喜びは、テサロニケ人への手紙 第一 1章7節~8節 「あなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっている」にある。聖霊が働かれる時のその拡がりを、今日的にも期待したい。
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