聖日礼拝 『マタイの福音書』 より 124


マタイの福音書28章1節~15節

先週は、主のみ体が埋葬されて後、66節 「石に封印をし、番兵が墓の番を」する中で、 《 祭司長、パリサイ人たちの取った行動によって明確にされた二つのこと 》 に注目した。

ⅰ 彼らは、十字架刑をもって主を抹殺したものの、主の語られた言葉を抹殺出来ずに、新たな苦悩に縛られたこと。
63節~64節 「・・・もっとひどいことになります。」とあるが、主を処刑した時、彼らは勝どきをあげた筈ではなかったのか ? 何と彼らのする事なす事が全て肉の思い【ガラテヤ 5章19節~21節】を動機としていた為、勝利感とは裏腹だったのだ ! 「そうでないと、・・・そうなると・・・」と、疑心暗鬼で穏やかでは居られず、行動に落ち着きがなく、聖霊の実とは相容れない惨めな有様 !

人手による万全な筈の「封印」も、唯、主の復活の事実をより明確なもの、紛れもない歴史的出来事であったと証言するのに貢献しただけで、主を「あの、人をだます男・・・ 63節」と実証するには至らならなかったこと。
28章1節~2節の神の直接的干渉により、4節 「番兵たちは・・・震え上がり、死人のようになった。」とあり、実に、63節 「自分は三日の後によみがえる」との復活が実証されることに。
ここに 《 神の前には用意周到な人の計画も全て虚しいとの事実 》 を認め、主への信頼をより完全なものとすべきと。
詩篇 2篇1節~3節は、神を憎悪するこの世の権威者の態度であるが、注目すべきは、4節~7節 「天の御座に着いておられる方は笑う。」とあることだ。人の巡らした如何なる策略も、神の威光が処理し、神の御心のみ堅く立つのだ !

※ 世は唯、詩篇 2篇12節 「御子に口づけ【和解】せよ。」に従うのみ。


今朝は、遂に、6節 「ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。」と 《 成就された主の復活の出来事 》 に注目致します。
私たちは先ずこの復活の出来事が、どんなに衝撃的で、神秘的で、極めて現実的な出来事であったかを、目撃した人々によって知ることが出来る。
それを驚くべきことに、( 墓の番をしていた )ローマ兵の証言に見るのだ。2節 「すると、大きな地震が起こった。それは、主の使いが天から降りて来て、石をわきへころがして、その上にすわったからである。」/3節 「その顔は、いなずまのように輝き、その衣は雪のように白かった。」の目撃者となった番兵たちは、4節 「御使いを見て恐ろしさのあまり震え上がり【戦慄して】、死人のようになった。」とある。後、我に帰った番兵たちが、11節 「起こった事を全部、祭司長たちに報告した」結果、12節~14節によると、祭司長たちから口止め料を渡されているが、黙っていることが出来たとは考えにくいのでは ?
実は、祭司長たちが提案したこと 【※ 27章64節 「三日目まで墓の番をするように命じてください。そうでないと、弟子たちが来て、彼を盗み出して、『 死人の中からよみがえった 』 と民衆に言うかもしれません。そうなると、この惑わしのほうが、前のばあいより、もっとひどいことになります。」】 が、逆に彼らに皮肉な結果をもたらすことになったのだ。
「弟子たちが来て・・・言うかもしれません」との懸念以上のこと、「死人からよみがえった」目撃者として、劇的な証言をもって伝えに来たのが、他ならない兵士たちだったのだから !

このことに次いで、番兵たちが「死人のようになっ」ている間のこと、墓を見に来ていた、1節 「マグダラのマリヤと、ほかのマリヤ」が、御使いから、5節~6節 「恐れてはいけません。あなたがたが十字架につけられたイエスを捜しているのを、私は知っています。ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。来て、納めてあった場所を見てごらんなさい。」との復活宣言を聞くことに。
更に彼女たちが、8節 「恐ろしくはあったが大喜びで、急いで墓を離れ、弟子たちに知らせに走って行った」ところ、直接復活の主から、※ 9節 文語訳 「安かれ ⇒ Rejoice ! 」との声を掛けて頂くことになるとは !
この復活の日について ※ 6節 「前から言っておられた」とは、主による度々の直接的な予告であるが、その宣言は、創世記 3章15節 「彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」に始まっている。サタンは主の誕生から始まる地上生涯の三十三年間、噛み付き続けて遂に十字架刑に漕ぎ着け、勝どきをあげた。しかし主の死者の中からの復活によって、サタンの頭が徹底的に踏み砕かれるとの預言であり、復活こそ人類史上最も輝かしい重大ニュースなのだ !
復活の証人となった器に、この事実を見て感謝したい。

① 十字架刑執行の朝、主を捨てたペテロの証言に。

使徒の働き 2章22節~32節は復活された主が、四十日の間、弟子たちに現れて後、昇天されてから十日目のこと、ペテロが聖霊に満たされて立ち上がり、伝えた説教である。
ペテロにとて忘れもしない恐るべき夜明け前のこと、あの滅相もない、主を知らないと叫んだ日の後、心底悔い改めた彼が聖霊によって語った説教が、※ 24節 「しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。」/32節 「・・・私たちはみな、そのことの証人です。」だった !

② キリスト者迫害の第一人者であったパウロの証言に。

使徒の働き 26章2節~29節は 《 ローマ法廷で復活を証言したパウロの弁明 》 である。パウロのこの証言は説得力を持ち、ローマ皇帝下でパレスチナ地方の責任を担っていたアグリッパ王に脅威を与えた。

③ 主にとって、とんでもないことをしてしまった彼らであったにも拘らず、彼らが復活の証人となり得たのは 《 主の復活がもたらした福音の経験者となったから 》 である。

⇒ コリント人への手紙 第一 15章20節~24節 「今やキリストは、眠った者の初穂【第一号】として死者の中からよみがえられました。」/同 55節~57節 「・・・死のとげは罪であり、罪の力は律法です。しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。」とある福音 ⇒ 罪の報酬である死の代価は支払われ、罪の赦しと罪性の清めとの経験に与ったからである。


※ 私たちも 《 復活の証人として主を証しする者 》 でありたい。

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