聖日礼拝 『マタイの福音書』 より 10


マタイの福音書4章18節~22節

先聖日は、17節 「この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。『 悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。』 」と《 主が公的生涯を開始されたと告げている 》ところに注目致しました。

① 「この時から」であることに、主の謙虚さを。

12節 「ヨハネが捕らえられた」ことを受けての事で、主イエスの公的生涯の開始を決定的なものとした出来事を契機に。というのは厳密に、主はこの日を迎えるまでにも、働きをしておられたからである。それらについては、ヨハネ1章26節 【主の受洗を暗示】後、同 4章43節 「・・・イエスはここを去って、ガリラヤへ行かれた。」までを占める記事が当てはまる。特に、カナでの婚礼の出来事/ニコデモの証言【神がともにおられるのでなければ、あなたがなさるこのようなしるしは・・・】/サマリヤの女と人々の救いに顕著。

主には気負いがなく、聖父の時を待ち望む姿勢での開始。私たちには、いざ何事かを手掛けようとする際には、何と《 自惚れ、勢い、自己過信、焦り 》があってのことか !

② 《 宣教の拠点 》を、13節 「ナザレを去って、カペナウムに来て住まわれた。ゼブルンとナフタリとの境にある、湖のほとりの町である。」とあるカペナウムに置かれたこと。

ルカ 4章14節 以下での〈 ナザレでの拒絶 〉により、働きの拠点をカペナウムに置かれた。主の語られるところに共鳴しつつも、人間的標準でイエスを侮ったため、主を締め出すことになり、恵みはカペナウム【ガリラヤ周辺】に及ぶ事に。 


※ 悉く、聖父の御心に従われた主の姿勢に倣いたいと。



今朝は、先駆者ヨハネの働きに終わりが告げられたのを見て取られて、いよいよ本格的な宣教の働きに入られた主が、《 宣教に際して、何をすることから始められたのか 》に注目したい。

実際〈 主イエスの公的働きは 〉たった三年余りのこと。それに主ご自身の行動は、15章24節 「わたしは、イスラエルの家の滅びた羊以外のところには遣わされていません。」と、限られた範囲に絞られていた。このカナン人の婦人に応えられたのは、例外的なこととある。主が「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです。」と仰った時、「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」と言った婦人に、主は 『 マルコの福音書 』 7章29節 「そうまで言うのですか。それなら・・・」と、彼女の求めるところに応じておられる。

ではあるが、申し上げるまでもなくイエスの幻・主の受肉の展望は、イスラエル人のみならず全人類の救いである。

それはアブラハムへの召命である、創世記12章1節~3節 「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」は、アブラハムの子孫、イエス・キリストにおいて実現することになっており、ガラテヤ 3章13節~14節 「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、・・・贖い出してくださいました。・・・アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、」とある通りである。主は、この人間的には途轍もないこの責務、任務、大役を短時間でどのようにして全うしようとなさったのか ?

その答えは、19節 「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」にある。即ち、弟子を募り、その彼らを「人間をとる漁師」となるように育て、訓練して派遣するということにある。


①  公的生涯に入られるに際してと同様、主はこのことを手掛けることにも、時間を掛けておられることがわかる。

18節 「イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。」とあり、21節 では「別のふたりの兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが・・・」と、まずここに、後に十二弟子となる四人への召しの声掛けがある。

しかし主の彼らとの出会いは、ここが初めてではない。その初めは 『 ヨハネの福音書 』 1章での バプテスマのヨハネと接触を持っておられた受洗後間もない頃の ことである。36節 を見ると、バプテスマのヨハネの「見よ、神の小羊。」との声を聞いて、イエスについて行った【37節 バプテスマのヨハネの】ふたりの弟子ヨハネとアンデレ、42節 彼らの証言でやって来たシモン( ペテロ )、ピリポ、ナタナエルとにまず、出会っている。 2章2節 には「イエスも、また弟子たちも、その婚礼に招かれた。」とあり、正式な訓練生活という形態ではないにしても、既に、係わりを持って頂いていた人々としての言及がある。

この時から少なくとも一年の経過は考えられるが、彼らは、漁師の仕事に就きつつ、主にお供していたことになる。そうこうしている内に、主の声が掛けられることになる。

この並行記事が 『 ルカの福音書 』 5章1節~11節 にある。この記事から、何時主が声を掛けられたのかがわかる。ペテロの扱いを見る限り、8節 「これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、『 主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから。』 と言った。」という霊的経験に導かれた時、即ち、自らの罪深さの自覚に立った時にであることがわかる。罪深さを知らされた時に、主の「わたしについて来なさい」の招きがあり、躊躇せずに従う謙虚さを主は求めておられた。主の目は〈 何が出来て、どんな賜物を持っているかにではなく、どのような霊的資質を持っているかに 〉関心を寄せておられたから。

主は、こうした砕かれ易い霊的資質を見届けるまでは、直接的訓練を施しても意味がないとされたからに違いない。


②  この宣教手段は、主が私たちにも継承するようにと命じておられる方法であり、 28章18節~20節 がそれである。

「それゆえ、あなたがたは・・・あらゆる国の人々を弟子としなさい。」との動詞を主動詞として、 この目的実現のため「①行って、②バプテスマを授け、③教えなさい」と分詞 が続く。この命令は決して難しいことではなかった。実は、弟子たちが《 主との生活で直接施して頂いた通りのことを 》実践しさえすれば良いだけのことだったから。


※ この方法こそ、昔同様今も、主が宣教の手段として願っておられる道である。訓練されて派遣される群れでありたい。


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