夕拝『ルカの福音書』より

「そこでイエスは言われた。『十人いやされたのではないか。九人はどこにいるのか。神をあがめるために戻ってきた者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。』 ルカの福音書17章17節~18節」 今年を締め括る最後の夕拝で、私たちの為すべきことは、主が嘆きの中で求められた「神を崇めるために戻って来」ることにある。 それは──彼らの癒しの経験は彼らにとって喜びであったに違いないが──主…

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夕拝『詩篇』からの霊想〈139篇〉

「ああ神様。私の心を探り、その内面を調べ上げてください。もし、あなたを悲しませるようなものがあるなら、教えてください。そうして、永遠のいのちへの道からそれないようにお導きください。23節~24節 リビングバイブル訳」 ダビデのこの祈りは、神を「主よ。あなたは私の心の奥底まで探り、どんな些細なことも見逃されません。1節 リビングバイブル訳」と知って、捧げた信仰の祈りであるが、この祈りが、…

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夕拝『詩篇』からの霊想〈138篇〉

「私は心を尽くして感謝し、神の御前でほめ歌をうたいます。1節 新共同訳」 ダビデの《 主に感謝し、賛美する 》信仰は、決して自らの内にのみ留まるものではなく、「地のすべての王たちは、あなたに感謝しましょう。4節a」と確信している。 それは、「彼らがあなたの口のみことばを聞いたからです。彼らは主の道について歌うでしょう。4節c、5節a」と言って、誰でももし、主の「栄光」の事実に触れ…

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