夕拝『詩篇』からの霊想〈131篇〉

「まことに私は、自分のたましいを和らげ、静めました。乳離れした子が母親の前にいるように、私のたましいは乳離れした子のように御前におります (私は魂を沈黙させます。私の魂を、幼子のように母の胸にいる幼子のようにします─新共同訳)。2節」 この「乳離れ」とは、サムエルについて「その子が乳離れしたとき、・・・シロの主の宮に連れて行った。その子は幼かった。Ⅰサムエル1章24節」と、ある意味【一…

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夕拝『詩篇』からの霊想〈130篇〉

「主よ。深い淵から、わたしはあなたを呼び求めます。1節」 この「深い淵」とは、3節の「あなたがもし、不義に目を留められるなら、主よ、だれが御前に立ち(耐え─新共同訳)えましょう。」とある「不義」罪の絶望的なまでの事実が認められる所であるが・・・ イザヤが「ああ。私は、もうだめだ。イザヤ6章5節」、パウロが「私は、ほんとうにみじめな人間です。ローマ7章24節」、エズラが「今、こうな…

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夕拝『詩篇』からの霊想〈129篇〉

「主は、正しくあり、悪者の綱を断ち切られた(主は正しい。主に逆らう者の束縛を断ち切ってくださる─新共同訳)。4節」 冒頭の「彼らは私の若いころからひどく私を苦しめた。1節」とある「私」とは、「さあ、イスラエルは言え。」と続く言葉から、詩人の個人的な経験ではなく、イスラエル国家の歴史上の苦難を指していると思われる。 エレミヤは、主のことばを伝えて「わたしは、あなたの若かったころの誠…

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